二日後。
デイビットと名乗る男から指定された表参道の喫茶店へと向かう。
この二日間、オレなりに考え、調べまわってみたが新たに生まれた疑問に対する解決の糸口は一切見えない。
何故・・・、デイビットと名乗る男はカイザーの電話番号を知っていたのだろう?
『直接の依頼主に、ここの番号を知られてしまうと厄介だからな』
カイザーは、そう言っていた。
オレはあの日、電話が鳴った時、斡旋屋からだと思っていた。
でも、電話の相手は直接の依頼者でデイビットと名乗り、今日、これから会う・・・。
深まる謎と疑問を解消する手立てもなく、指定場所へ向かうオレの足取りは不安で重い。
指定された喫茶店は数週間前、ヨハンに呼び出された喫茶店だった。
親友であるヨハンから『殺し屋』を辞めるように説得された場所で、オレは新たな殺しの依頼を受けようとしている。偶然の悪戯なのか・・・。
・・・。
・・・・・・。
こうするしか術はない・・・。
ヨハンへの罪悪感を振り払うように自分に言い聞かす。
カイザーから聞いていた手順とは既に違う形で進んでいる。
二件目の仕事となるオレにとって全てが同じ手順で進められるのか、ケース・バイ・ケースで判断しながら進めていくのか、それすら分からない。
自ら踏み込んだこの闇は、奥へ進めば進むほど不気味さを増すばかり。
怖くないと言えば嘘になる。
それでも前に進むしかない・・・。
喫茶店『CAFE LA GEEN』
オレは指定された喫茶店の前に辿り着いた。
この喫茶店の中に平和な日常を表の顔として過ごしながら、その裏―――殺しを依頼する闇の住人が・・・。
オレは息を呑み、店内へと進んだ。
平日の午後の為か、店内は空席が目立つ。
この店には入り口から死角となる席がある。
以前、ヨハンがオレを呼び出した時に座っていた席。
ゆっくりと歩み寄り、その席へ近付く。
・・・いた・・・!
スーツ姿で綺麗な金髪の男。
より、近付いてみると横顔が見えてくる。
・・・何処かで見たような・・・微かな見覚えがある横顔。
デイビット・ラブは、この男に間違いないだろう。
「Excuse me. Do you knou "LOVE IS OVER"?」
「Of course・・・」
ッ!
この声・・・。
電話で名乗った男と同じ声。
やっぱり、この男が依頼者・・・?
男は読んでいた本を閉じ、目線を上げる。
碧色の瞳でオレを見つめ、静かに前の席を右手で促した。
「リラックス・・・。どうぞ、お掛けなサい」
口元には柔らかい笑み。
優雅に足を組むその姿は紳士的で少し面を食らってしまう。
本当にこの紳士的な男が殺しを依頼するのだろうか・・・。
男に促された席に着きながらオレの中で新たな疑問が生じる。
目の前の男の声は、電話と同じ声。
指定された店で、指定通りの会話。
間違いな筈はない。
でも、この紳士的な男が?
信じがたい気もする・・・。
色々な想いが交錯するオレをよそに男が口を開く。
「YOUが・・・、カイザーの後任の方デスか?」
やっぱり、間違いではない・・・。
「あぁ」
「Meは、昨日電話した、デイビット・ラブ。デイビットと読んでくだサい。カイザーもそう呼んでくれていまシた」
デイビット・ラブ・・・この男・・・!?
アメリカ最大ソフトメーカーのデイビット・ラブじゃないか!?
コンピューターのOSを、ほぼ独占している最大手企業の社長。
何処かで見た顔だと思ったが・・・、テレビや雑誌で何度も見ている。
世界最大手企業の経営者が・・・何故?
「Meの事は、知っていまスか?」
「まぁ、表向きの肩書とかは・・・」
正直な答え。
今、目の前にいるのはオレに殺しを頼みに来ている依頼者。
カイザーには以前依頼しているらしいが、オレはその事については何も知らない。
誰もが知る大手企業の経営者である事しか分からない。
「そうデスか・・・。では、話しやすいデスね」
デイビットはそう言うと依頼について話し始めた。
ターゲットはデイビットの経営する『ラブソフト』のシステムエンジニア『不動遊星』。
デイビットの話だと不動という男はラブソフトのシステム管理全般を任されている優秀なエンジニア。
優秀だからこそ、重要なポストを任せ優遇しているのだそうだ。
しかし・・・不動がラブソフトに限度を超えて要求してくると言う。
現時点での給与は年俸1000万ドル・・・。
1000万ドルって・・・1ドル、105円位だとしても・・・。
えっ!?10億円・・・?
・・・給与だけでなく、会社負担で購入した高級マンションを譲渡。
既に不動個人の物として名義を登記済み。
・・・その他にも家政婦だの、運転手だの・・・デイビットの話を聞く限りでは常識を超えた待遇であるように思える。
何十億という金額を聞かされてもオレなんかには想像すら出来ない。
世界で君臨するラブソフトならばと、理解出来ない事もない。
ただ・・・、これだけ優遇されているのに更なる要求というのは・・・?
一般人では想像すら出来ない金額を既に手にしているのに、それ以上何を求めると言うのだろう・・・?
「彼は・・・、ユウセイは・・・、変わってしまったのデス」
碧色の瞳を閉じ、首を大きく左右に振りながらデイビットは話を続けた。
不動の要求とはウイルスソフトの配布による世界支配。
ウイルスソフトを自ら作り、発信する事で、社会が混乱する様が喜々として不動の欲望を満たすらしい。
デイビットは不動に、後ろ盾として協力をするようにと強迫されていると言う。
全てがコンピューターでデータ管理されている現代社会。
不動は全世界の官公庁のホストコンピューターにアクセスしテロリスト等に国家機密などの情報が流れ出すウイルスソフトを企てているらしい。
もし、国際的なテロ組織に先進国の機密データが流出したら・・・混乱どころの騒ぎではない。
そんな事をして何の為になるのだろう・・・?
不動の目的が分からない。
「全てはMeの責任デス。優秀なスタッフを求めるままに優遇してしまったばかりに・・・」
デイビットが顔をしかめて呟く。
時折、ため息混じりに吐く息が自責に対する思いを理解させる。
「ユウセイは・・・、人類最後の欲望、世界の救世主としての名声を求めてしまったのデス・・・」
救世主・・・新時代の神・・・?
・・・コンピューターで全てが管理された時代に破壊的なウイルスを生み出し、全世界に流し・・・凶悪なテロ集団を裏で操り世界を恐怖で支配する。
不動に踊らされたテロ集団は情報を悪用し、テロ行為を活性化させ、暴力と恐怖が蔓延する。
自ら沈静化を図った第一人者となる事で世界を救った人物として、名声を手に入れる・・・。
・・・安っぽいシナリオだが、ラブソフトが絡めば誰もが信じてしまうのは確かだ。
GXのホストコンピューターもラブソフトからパスワードを受けてセキュリティー管理をしていた。
各国、それぞれエンジニアを抱えてデータブロックを駆使しているにせよ、大元のラブソフトがハッキングを仕掛けてきたなら防ぐ事なんて出来やしない。
自らの名声を高める為に全世界の人々を恐怖に陥れ、慄く姿を見て嘲笑い、己の欲望を満たすなんて・・・許せねぇっ!
自然と握り締める手に力が篭る。
「二人目・・・デス」
えっ?二人目って・・・。
その言葉の意味が気になり、重々しい口調のデイビットを見つめ直す。
「以前、カイザーに依頼したのも今のユウセイと同じようなエンジニアだったのデス」
!!
・・・。
・・・・・・。
全世界のコンピューターシェアを独占しているに等しいラブソフトでは、このような野心を持つ者は少なくないらしい。優秀だからこそ会社の中核となる重要なポストに就き、さまざまな機密情報にも精通する。
金銭的に有り余るほど満たされた人間は金では手に入れられない欲望を新たに求めるのだろうか・・・。
カイザーが、以前請け負ったのも同様の行為を企てたラブソフトのエンジニアだったなんて・・・。
カイザーがデイビットの依頼を受けて消したエンジニアの後任が不動遊星・・・。
確かに、カイザーなら許さないタイプのターゲットだ。
「YOUは・・・カイザーと方針は同じデスか?」
えっ・・・?
デイビットはターゲットに対する説明が一区切りすると、オレに対して質問を投げ掛けてきた。
「方針・・・って?」
「カイザーは、目先の報酬で動く人ではありませんデシた。だからこそ、Mr.サメジマから紹介されたのデス」
サメジマって・・・?
まさか、防衛庁長官の鮫島大臣!?
確か、カイザーがGXの小隊長に就任した時の長官が鮫島さんだった筈だ。
・・・カイザーが殺し屋を始めたのが組織として表立って動けない事件が発端だとしたら・・・全てが理解出来る。
GXは三個の小隊からなる一個中隊。
中隊員全員の中でもカイザーの射撃の腕は群を抜いていた。
部下からは勿論、上司からもカイザーは絶大な信頼を置かれていた。
裏の仕事の斡旋が、国家、組織から派生していたとしたら・・・カイザーの性格からして意気に感じて請け負うに違いない。オレが個人的に足取りを追い駆け回しても手掛かりが掴めない筈だ。
デイビットの話が全て本当だとしたら、迂闊な回答は出来ない・・・。
「YOUもGX隊員なのデスか?」
デイビットは依頼内容であるターゲットの説明を終えると、オレ個人に対する質問を続けてくる。
いかなる理由があるにせよ人の命を奪おうとするならば、互いの情報を求めるのは当然かも知れない・・・。
カイザーが殺し屋を始めたルーツを含めて今のところ、デイビットの話に矛盾はない。
それどころかGX隊員だった経歴も、組織絡みの紹介でカイザーと知り合ったなら知っていて当然だ。
・・・。
オレは全てをデイビットに話す事にした。
オレがカイザーの部下であった事。
今はGXを辞めた事。
そして・・・カイザーが謎の死を遂げた事。
何からは話せば良いのか分からなかったが、正直に話す以外オレには出来なかった。
上手く伝わっているのか分からないまま、オレはオレなりに必死で話した。
デイビットは黙ってオレを見つめながら聴き続けていた。
カイザーが謎の死を遂げた話の時だけ眉間を寄せて目をしかめた。
・・・上手く話せただろうか・・・。
一通り話し終えてデイビットを見つめていると、デイビットは閉じていた目を開き静かに話し始めた。
「この国の為・・・そして世界の人々の為にあえて危険な任務を受けてくれたカイザーが・・・Oh My God!」
えっ・・・?
今まで終始紳士的だったデイビットが初めて声を荒げた。
拳をテーブルに叩きつけ苦渋に満ちたデイビットの顔・・・。
デイビットは大きく息を吸い、平静さを取り戻すようにしながら震える声で続ける。
「危険だ・・・。やはり危険過ぎる・・・。人の命を奪うのは神に反する」
「デイビット・・・」
取り乱すデイビットを見かねて思わず声を掛けてしまったが、次の句が思い付かない。
「神を冒涜するような行為を・・・依頼するなんて・・・Meには、もう出来ない!」
人の命を奪う・・・それは確かに神を冒涜する行為かも知れない。
だからこそ、いずれは自分に廻ってくる定めなのか・・・。
良心の呵責に苦しむデイビットの姿に何故か、カイザーの面影が浮かぶ。
・・・。
・・・・・・。
カイザー・・・不動を放っておけば世界中の人々が苦しむよな・・・。
今、食い止めないと狂気の世界を生み出しちまうよな・・・。
・・・。
・・・・・・。
「デイビット・・・。神を冒涜しているのは、アンタじゃない・・・」
オレの言葉に機敏にデイビットが反応する。
伏せていた目線をすぐさま上げ、オレを見つめる。
「YOU!何を言っているのデスか!?」
カイザーと一緒に過ごせるなら・・・悪魔に魂を売ってでも守ろうと思った生活・・・。
それは、カイザーの信念があったからこそ。
カイザーの謎の死を解明する為にも、オレ達二人の選んだ道を・・・今はオレ一人でも、歩み続けていくしかない。
「誰かが・・・動かないと、苦しむ人が大勢出るんだ」
「YOUは・・・あえて神に背くと言うのデスか?」
神に背く・・・それが二人で選んだ世界。
「デイビット。オレがカイザーから引き継いだのはスキル、方針・・・。そして・・・」
目の前のデイビットにだけ言っているんじゃない。
揺らぐオレの意思を固める為に・・・自らに言い聞かせる為に・・・。
「生き方、全てだ」
カイザーなら許す筈がない。
私利私欲の為、多くの人々を苦しめ社会を混乱させるような男を。
カイザーが選んだ道。
この道こそが、『ヤツ』に繋がる一本道なんだと、オレは改めて確信したのだった・・・。